『J・S・バッハ』礒山雅(著)
書評
執筆責任者:チクシュルーブ隕石
J.S.バッハ。その名は現在稀代の大音楽家として広く知られており、「音楽の父」とも呼ばれている。実際に、バッハ以後の音楽の在り方は大きな変容を遂げてきた。クラシック音楽によく親しんだ人・あまり親しみのない人を問わず、最も好きな音楽家をバッハと答える人は多い。バッハの遺した素晴らしい作品の数々と向き合う事は、バッハを知る上でこの上なく重要な行為である。しかし、それだけでは真にバッハ自身やバッハの音楽を理解したとは言い難い。バッハという人間がどのようにしてその人生を送ったのか、また、どのような流れの中で音楽を作っていたのかという事はバッハを理解する上で極めて重要な手掛かりとなる。本書『J.S.バッハ』では、「音楽家」としてのバッハだけでなく「1人の人間」としてのバッハに焦点が当てられている。バッハの人柄や思想、日々の生活などを中心に扱いながら「バッハの作品が持つ魅力の理由」や「バッハ演奏がいかにあるべきか」といった音楽的話題にも言及している。本書の著者、礒山雅氏は日本のバッハ研究の第一人者と呼ばれていた人物で、著書の書き味が極めて鋭いことでもよく知られていた。その書き味は本書でも健在であり、礒山氏の知見と思想がふんだんに盛り込まれ、著者自身の濃厚なバッハ観を十分に読み取ることができる。本書の位置付けは入門書であるが、ありがちな入門書とは違い、かなり自由な構造を取っている。この点、礒山氏の書き味とバッハの音楽にはどこか共通した生命力が宿っているように感じられる。また、本書の最後には「バッハを知る20曲」と題された章があり、各曲の簡単な解説と著者の好みの演奏が紹介されている為、入門書としての役割を適切に果たしている。本書は、バッハの音楽をよく知る人・知らない人のどちらでも新たな発見をもたらす良書である。是非立場を問わず、本書を手に取った上でバッハの音楽を自身で感じて頂きたいと願う。
(800文字)
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