『人類はどれほど奇跡なのか 現代物理学に基づく創世記』吉田 伸夫 (著)
書評
執筆責任者:西住
人類の存在がどれだけ奇跡なのか。奇跡とはあり得なさに由来するものだ。その有り得なさを説明するために、人類は自分自身にあらゆる説明を加えようとした。かつては神の業として語られた奇跡も、今では科学という名の別の神が主役である。この書籍も、現代の神である科学を用いて、科学的な説明を試みる。一般的に、科学が入り込んでくると。途端にその奇跡性が陳腐なものに感じられるものだが、この本を読むと、人類という奇跡が起こるには、ごく狭い範囲に生じる生命のために、宇宙開闢から今に至るまでの時間と、宇宙全体を構成する無数の原子が必要になることがわかる。ここに見える有り得なさは、神の業に頼るまでもなく、奇跡と呼ぶ他はない。さらに、筆者は人間の知能まで踏み込んでいく。知能の発生には必然性はなく、我々が信じるような汎用性の高いものでもない。知能は環境適応のために発生した現象に過ぎないと説く。人間的な知能と動物的な知能の違い、人間的な知能の弱点などが語られている部分は、どことなく唯脳論を思い出させる記述が出現する。同じく神経系について語っているのだから、帰結も似たものになるのかもしれない。そして最後は意識の問題に着目する。意識とは何か。書籍では意識の存在を物理学の場の理論と対応させて説明している。場の理論によれば粒子とは細かく区切られた空間の状態に対応する。筆者は、意識とは神経ネットワーク上の膨大な空間の数がもたらす、膨大な次元の数によって生じる現象であり、意識がもたらす圧倒的なリアル性も、次元の数がもたらす副産物であると説明する。全体的に、本書からは人間の特異性や神秘性を排除したいという意図が感じられるが、それは我々が信じているような特異性や神秘性を排除してもなお、人類は奇跡と呼ぶほかない存在であると主張するためなのだろう。
(760文字)
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