『ユング心理学と仏教』河合 隼雄 (著), 河合 俊雄 (編集)
書評
執筆責任者:ゆーろっぷ
心理学とはどのような学問か。考えてみれば、これが学問として成立していることは不思議に思えてくる。人間の心は極めて個別的なものであり、目に見えない粒子の運動から宇宙空間の巨大な天体の運行に至るまでを説明する物理学などと比べると、それに匹敵するような理論など到底ありそうにはない。実際、ユングやアドラーなど、心理学に多くの学派があることも、自然科学一般の立場からすれば奇妙だと感じられるであろう。それゆえに心理学自体を科学的でないと批判する向きもあるが、果たして人間の心を学問するとは一体どういうことなのだろうか。本書はそういった分析心理学、特にユング心理学の第一人者であった故河合隼雄氏が、氏自身の心理療法のあり方について振り返るものである。その過程における特筆すべき点は、自然科学の考え方との違いについて随所で語られることに加えて、仏教との類似性や親和性を補助線として用いていることにある。個を排除することで普遍性を獲得する自然科学に対して、心理学はあくまで個から出発して普遍に至るものであると氏は述べているが、宗教もまた個別的な問題から普遍性が生じるという意味で心理学と似た性質をもつ。特に日本で長年分析家としての仕事を行なってきた河合氏は、仏教に対して自身の心理療法との類似性を見出した。そして、そういった本書での氏の思索を通して、分析者としての氏の在り方の輪郭がみえてくる。すなわち、個別性を捨象する自然科学あるいは西洋的自我と、ユング的、そして仏教的なものの見方、そのどれもが肯定的な面を併せ持つことを認め、それらが生じる逆説を受け止めながらも互いに共存させていくということである。臨床心理に長年携わった経験に裏付けられた氏の議論はある種の本質を穿っており、その言葉の数々には重みがある。仏教、心理学、自然科学のどれか一つでも関心があれば、必ずどこかに感じ入る言葉を見つけられるはずだ。
(797文字)
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