『「推し」の科学』久保(川合)南海子 (著)
書評
執筆責任者:Hiroto
ここ数年で急激に耳にすることが増えた言葉、「推し/推し活」。あなたはこの言葉を日常で多用しているかもしれないし、もしくは逆に嫌悪感を抱いているかもしれない。好き嫌いはともかく、この言葉はなぜいま必要とされているのか。本書『「推し」の科学』では、「推し活」という行為を、認知科学における概念である「プロジェクション」と関連づけて捉えることで、その行為の特殊性を浮き彫りにしている。したがって、本書は「推し」についての本であるとともに、「プロジェクション」についての本でもある。「プロジェクション」とは、各人が脳内で作り上げた表象が、能動的行為を通じて世界に投影される仕組みを指し示す言葉である。プロジェクションには能動的行為が不可欠であり、それは「推し」という言葉が受け手/消費者側の主体性にもフォーカスを当てた概念であることを示唆する。また、プロジェクションは応用範囲を広くもつ概念であるため、本書の射程は「推し」だけにとどまらない。たとえば、「推し活」の一環である「二次創作」が不特定多数の間で共有される過程と、専門的な学術研究が世の中に受け入れられていく過程との間の共通性に着目している箇所がある。そこではある創作/理論が大多数に広がっていく前段階の、閉じたコミュニティ内における洗練について触れられているが、この観点は、大SNS時代におけるカウンターとしての、準閉鎖的コミュニティの重要性を示してはいないだろうか。たとえばまさにこの書評活動が閉鎖と開放との絶妙なバランスを意識した設計になっていることを、私は本書を通じて改めて再確認することができた。もしあなたが「推し活」文化そのものには関心がなくても、プロジェクションという概念がカバーする範囲の何かしらには関わっているはずである。本書がきっかけで日常への関わり方が少しでも変わったなら、それこそが立派なプロジェクションである。
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