『西洋美術史入門』池上英洋 (著)
書評
執筆責任者:イヤープラグさざなみ
例えば千年前のヨーロッパ。識字率が低かったこの時代に、絵画はメディアとしての大役を果たしていた。そして美術史のモチベーションは、そうした伝達記号としての絵画を読み解き、なぜその主題がその様式で描かれたのかを思考することにある。絵画に込められたメッセージを読み取ること、それは当時の人々の考え方を理解するということであり、すなわち「人間を知る」ことにほかならない。では、絵画を読み解くとは一体どういうことなのか。本書では矢印が例として紹介される。一本道を歩いていると、突き当りにぶつかる。左右には二本の道があり、正面には「→」の看板が。このとき「→」を「右に進め」と解釈できるのは、まず矢印のデザインがあって、それに「右に進め」という意味が付与されて、皆がそれを共有しているからである。このように、解釈されることによって意味を伝える媒体を記号という(矢印はその中でも「類像」に分類される)。絵画は記号である。他にも面白い例がいくつか。頭蓋骨で死を表す「象徴」や人の姿で抽象的な概念を表す「擬人像」、個体認識のための要素を示す「アトリビュート」(鍵を持っている人物は聖ペテロを表す、など)などがある。アトリビュートともなると、矢印の場合とは違って新たに知識をインプットしなければならない。西洋美術史を学ぶ上では、ギリシャ神話とキリスト教はマストである。一枚の絵を前にしたとき、視覚的な情報から受ける感動に「意味」の理解を加えることで、鑑賞がより奥行きのあるものになるだろう。描かれた主題だけでなく、技法も当時の経済原理と密接な関係にあるなど、美術に趣味的な役割しか与えられていない現代とは対照的な部分が数多くある。そして、絵画が実用的な役割を終えた今だからこそ、それを味わい、楽しむことができるのである。美術はその起源からして高尚なものではない。一枚の絵を見ながらみんなでわいわい語り合えたらいいなぁ。
(799文字)
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