笑い神 M-1、その純情と狂気

『笑い神 M-1、その純情と狂気』中村計(著)

書評
執筆責任者:蜆一朗
M-1 グランプリの前に先立って開催される「THE MANZAI」を毎年楽しみにしている。賞レースで優勝経験を持つ優秀なコンビや、劇場で揉みに揉まれベテランが数多く出場しているのだが、実は彼らの漫才をよく聴いてみれば、現役で M-1 に出ている若手に比べてシャープさに劣る小ボケレベルの笑いも多い。それを見て「テレビに出てばっかりでネタが練られていない」「舞台に立っていないから腕が落ちた」と批判する向きがあるのも知っている。的外れもいいところだ。NON STYLE 石田の言葉を借りれば、お笑いとは練りに練って完成度を高めるボディビルではなく、贅肉を贅肉として楽しむものである。梅田花月でトリを務める中川家やオール阪神・巨人のネタを劇場で見てみると、笑おう笑おうという雰囲気が会場中に蔓延していて、ちょっとふざけるだけで爆笑が起こる。もちろん、ネタそのものが面白いのは言うまでもないのだが、この境地にまで辿りついてしまえば、もはや中身がいいかどうかはどうでもよく、人柄を知っている人たちがその人柄を見せるだけで面白くなってしまう。芸人が贅肉という自分らしさ・自分の面白ポイントをそのまま提供して笑ってもらえるようになるためには、ほとんどの場合には賞レース等でその実力を知らしめる段階が必要なのだ。表題の本書は、今でこそ実力を認められ売れっ子になったものの、当時は売れない大阪の地下芸人だった笑い飯と千鳥を軸に据えて描かれたノンフィクションである。自分たちの笑いを貫いた彼らの、笑い飯の M-1 での活躍をきっかけに数多くの芸人に影響を与えていく様子が、生々しくバカバカしい数多くのエピソードと共に語られる。芸人はカッコいいのかもしれないと思わせておいて、本当にどうしようもない話で正気に戻されて、でもどこか “しゃあないやっちゃなぁ” と憎めない気分になる。彼らが愛される理由がよくわかる1冊だ。
(799文字)

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