『甘えの構造』土居健郎(著)
書評
執筆責任者:いいだ
とかく現代は、甘えた若者が多いと言われる。しかし一方、実は彼らが真に甘えることの出来る場所など存在しないのではないかと感じることもある。現代を生きる多くの人間が「甘え」という心情に対して釈然としないものを感じているに違いない。甘えとはなんだろうか。現代と書いたが本書が発行されたのは1971年のことである。精神医学の研究者であった土居健朗は、戦後間もなく渡米した際に大きなカルチャーショックを受けたことを契機に日本人の心理を分析し始める。そしてそれが日本語特有の「甘え」という言葉に根差しているらしいと考えるようになった。ここまで聞くと集団主義と個人主義を対比させた日本社会批判と思うかもしれないが、そうではない。本書において「甘え」は、年齢に関わらず人間にとって不可欠で普遍的な性質であるとされている。だから今日の我々が想像するような、幼児的「甘え」とは大きくニュアンスが異なるのだ。今日のそれは実は「甘やかし」や「甘ったれ」なのであり、そして初版が発行された1971年、あるいは増補版が出た2007年の社会には、残念ながら真の「甘え」は殆ど存在しないらしい。こう聞いて納得がいく若者は多いのではないか。もしかして大人でさえ、同様に感じるのではないか。我々はこの感情について今一度、真剣に考えなくてはならないはずである。「甘え」の本来の在り方が失われたことが、権威なき社会を作り、親子の関係を歪め、鬱あるいは攻撃性を抱えた若者を生み出す。筆者は半世紀前に、「現代」社会の問題は「甘え」に帰着するのだと結論付けた。今はどうだろうか。現代社会論ではあるが一昔前に書かれたものであるから、自然と読者が生きる時代と比較検討させてくれる楽しさがある。また、精神医学に即した面もあり、生きづらさを抱える人間が読むにも良いと思う。引用は多いが難解な表現は少ない。現代人の心や社会を理解する一助になるはずである。
(799文字)
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