『世界は関係でできている』カルロ・ロヴェッリ(著)冨永星(翻訳)
書評
執筆責任者:にしむらもとい
古典(クラシック)をぶっ壊す。世の人々はそういう想いを量子論という得体の知れない観念に丸投げする。そこにつけこんだ、量子的な医療やスピリチュアル、はてはコーチングまで、この世には存在する。全ての人間は、専門によらず一度量子論ときちんと向き合っておくべきなのだろう。著者のカルロ・ロヴェッリ氏は、重力理論と量子力学の統一という全物理学者の見果てぬ夢を、ループ量子重力理論というアプローチで目指すイタリア人研究者である。物理学の一般啓蒙書もこれまで何冊も書いているが、いずれも人文学的な知を強く織り込んだ、物理学の自然哲学的ルーツを大切にした良書である。物理学は、それと無批判に向き合った際、ただ数学という借り物の道具で理論を構築する、その作業的楽しさに溺れがちな学問である。既に確立された分野で競技として物理に触れたいのならそれでも良いのだろう。しかし、少なくとも量子論という、まだその意味すらおよそ誰も理解しているとは言い難い分野において、意味的思考を伴わない作業などやったところで何も生み出さないだろう。専門的に量子論を学んだことなどない僕にでもわかる。ロヴェッリ氏の文章には、その意味的思考への強い動機が感じられる。特にこの著作に関しては、これまでにも増して物理学のディティールがほぼ全て払い落とされ、残された意味だけが端的に記述されている。ごちゃごちゃと瑣末な理論を羅列した量子論解説書は世にごまんとあるが、物理を専門としない人間がその意味を考えるにおいては、この著作を圧倒的にオススメする。真っ当にハイゼンベルクから話は始まるが、いつのまにかナーガールジュナやレーニンにまで話が及ぶ。その中で量子論の歴史的位置付けを語り、量子もつれという概念から情報の本質、生物学的な観点から意味とは何かまでを語り起こす。哲学書と位置付けるには文体がやや軽いが、ほぼそれに準ずるルネサンス的な知の産物である。
(800文字)
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