僕が真実を口にすると 吉本隆明88語

『僕が真実を口にすると 吉本隆明88語』勢古浩爾(著)

書評
執筆責任者:西住
本書は勢古浩爾(著述家)が吉本隆明の言葉を集めた本である。どのような言葉か。普通はあまり焦点を当てないような言葉である。前回の書評でも述べたように、吉本はあらゆる分野に手を伸ばした思想家だが、メイン(吉本自身は全ての活動が同次元であると述べているが)の活動と認識されているものは、文芸批評や社会評論と言って差し支えない。数々の文芸評論、文芸論争、有名な吉本三部作『共同幻想論』、『言語にとって美とはなにか』、『心的現象論序説』はそれらに該当する。普通に吉本を語る場合、この部分に焦点を当てるはずだ。しかし、この本の著者は吉本のメインの活動には興味を持っていない。文芸にさしたる興味もなく、三部作も大して読んでおらず、高級な思想には目もくれない。読みはしたものの、時が立つと全く頭に残っていなかったと語る。全てを忘れて最後に残ったのは、吉本の心構えである。著者は吉本の無数の思想の狭間に、生きて行く上で必要な言葉(生活思想)を見いだした。数々の著作からその思想を88語集めたのが本書である。吉本をこのように読んだ者は他にいないと言い切るほどの自負をもった作品だ。中でも最初の二つの言葉には最も衝撃を受けたようで、価値の恐るべき転倒だと語っている。詳しくは語らないが、その二つの中でも吉本の著書である『カール・マルクス』から引用されている部分は強烈だ。まず、マルクスを語った著書の中で、一体誰がこの部分に着目したのだろうかという、著者に対する驚きがある。そして、数行の素朴な言葉の中に、恐るべき真実を含ませる吉本に対する畏怖がある。一見誰にでも言えそうな言葉ではあるのだが、その萌芽は吉本の若き頃から見られることが示唆されている。昨日今日の薄っぺらい言葉でも、うわべだけの絵空事でもない。嘘偽りなく、本気で自分の言っていることに確信を持っている。そのような語り手はめったにいない。
(788文字)

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基礎教養部

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