『旋回する人類学』松村圭一郎 (著)
書評
執筆責任者:Yuta
文化人類学とはどんな学問かと言われると説明が難しい。学問としての歴史はそこまで深くないが、何度も大きなパラダイム・シフトを経験している。学問の歴史をたどっていくことで、どういう学問なのかを理解できるという前提があるので、入門的な内容の講義はたいてい学説史が中心になる事が多い。ただ、そうすることで易しくなるという訳ではない。「旋回」し続けてきた文化人類学の歩みを振り返るのが本書の内容となっている。旋回し続けてきた人類学の黎明期からの流れを今さら振り返ることに何の意味があるのか?かつての人類学は進化論の影響を受け、未開社会は文明への発展段階の過程であるとみなして研究していた。人間の学問としての人類学は、その始原の姿を文明化していないとされる非西洋社会に求めた。やがてこれは西洋中心主義、自民族中心主義(エスノセントリズム)とされ、学者たちは反省し、文化相対主義を打ち立てたのである。多様な際にあふれたこの世界で共に生きていくとはどういうことなのか。人間とはどんな存在なのか。秩序ある調和の取れた世界がいかに可能なのか。災いや病気の恐怖と不安にどう向き合えばいいのか。私たちが獲得してきたと信じる化学や医学という近代的知識とは何なのか。人類学史を振り返ることで、これらの問いへのアプローチを探っていくのが本書である。ティム・インゴルドは、人類学と知的生産とは無関係だと主張した。求めているのは、客観的であり、概念や思考のカテゴライズをすることでさらなる理解を可能にし得るような「知識」ではなく、世界のなかに飛び込み、そこで起きていることにさらされる危険を冒すことで得られる「知恵」であって、これは世界が変わりつつあるとき決して無視できないという。客観性を盾に相手を対象化して距離を取るという態度ではなく、参与観察を重視する文化人類学の考え方を学ぶのに本書は適している。
(785文字)
追加記事 -note-
コメント