『「わかる」とはどういうことか ――認識の脳科学』山鳥重(著)
書評
執筆責任者:イヤープラグさざなみ
本書は「分かる」というのはどういうことなのか、脳の高次機能障害の臨床医である著者の視点から書かれたエッセイである。副題に「認識の脳科学」とあるが、本文中で脳の各部位の名称やその機能、認知科学のエビデンスが紹介されることはほとんどない。前提知識をほとんど必要とせず通読することができ、また平易な文体で書かれた本書の想定読者は、人間の認知の仕組みに興味を持ち始めた中高生といったところだろうか。読んでいて新しい発見があるわけではないのだが、自分が普段の生活においてときに無意識のうちに実践している「わかる」のプロセスを細分化してそれぞれを言語化している本書は、自分の中で「わかる」を再考し、再構築する手がかりとなるだろう。普段経験していても説明が難しい「わかる」について、著者は「心像」という概念を用いて説明を試みる。心像とは“心に思い浮かべることの出来るすべての現象”のことで、実際に形のあるものの他に視覚化できない概念も含まれる。「わかる」の第一歩である言語体験について書かれた節が印象的である。言葉が増えだすと、記号の立ち上がりの契機となった心像が曖昧なまま記号だけが覚えこまれ、意味の純粋さが怪しくなってくる。これは言葉の堕落であって、現代ではその傾向が顕著だ。心像は知覚を介して徐々に形成されていき、それに伴って外界を「区別」できるようになる。区別と同時に「同定」の自動処理が行われることで私達は世界を認識できるようになっていく。これらの働きはすべて、混沌の中に秩序を見出したいという生物の心の根本的な欲求による。“生きること自体が情報収集”なのである。以降の章では心像にも種類があること、記号、記憶、「わかる」にもいろいろあることが順を追って説明される。正常な脳と障害のある脳の比較や例示を豊富に取り入れた内容で、読者を飽きさせない。「わかる」をわかろうとする足掛かりにぜひご一読を。
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