『科学立国の危機―失速する日本の研究力』豊田 長康 (著)
書評
執筆責任者:Hiroto
統計はそれ単体では何も動かさないし、何も決定することはない。その意味で、本書『科学立国の危機』は読んだだけで目から鱗が落ちるような類の本ではない。問題を正確に見つめるための、いわば「ここから学びが始まる」類の本である。つい先日、「質の高い論文数ランキングで日本が13位」というニュースを目にしたが、本書ではそのようなデータをこれでもかというほどに独自に分析し、科学立国たるための要素を列挙して、どの要素がどの要素に影響を及ぼしているのかを執念深く調べている。そこから得られる結論自体は、比較的意外ではない日本の現状の凄惨さと、今までどこかで聞いたことがあるような問題提起ではあるのだが、その論を補強する統計的処理の執拗さにこそ、この本の独自性が光る。例えば、先に取り上げたニュースにおける「質の高い論文」の基準とは何か。そしてその基準に関連する因子は何で、どんな相関があって、どんな因果関係が推測されるのか。改めて問われるとこれは膨大なデータと統計処理なしでは語れないことがお分かりかと思う。普通に日本で暮らしていれば、日本の研究力が低下していることや、それを示す単発のデータやグラフは嫌というほど目にしているとは思うが、もう2歩3歩も踏み込んだ膨大な統計的事実を体系的に集めるのは我々市民には至難の業である。それでは著者である豊田氏はこういったことを調べる専門家なのかと言えば、否である。著者は鈴鹿医療科学大学学長という立場で、日本の研究力の低下とそれに関連する政策に振り回されてきた、いわば市民代表であり、並々ならぬ執念で至難の業をやってのけた成果の集大成がこの本である。友人付き合いも家族との時間も削って書き上げたことが綴られているが、そんな使命感を抱かせるほど凄惨な現状があるということだ。現実を直視することの重要性、そしてこの本を書く使命を全うした著者の執念が少しでも伝わったら幸いである。
(800文字)
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