『アイドル論の教科書』塚田修一 (著), 松田聡平 (著)
書評
執筆責任者:Hiroto
現代日本はアイドルに埋め尽くされている。それは2023年の紅白歌合戦を観ればわかる。この年は旧ジャニーズが出場していないのにもかかわらず、だ。アイドルはもはや隠れて応援するものではなくなり、日本におけるポピュラーカルチャーの大きな部分を堂々と占めている。そんなアイドル文化であるが、そのファンの母数の大きさにしてはきちんとした作法で語られることが少ない。アイドルへの熱意をどうにか文章にしたくても、その内容を乗せるための学問的文章の発想や形式に馴染みがない。本書はそんな熱意ある者たちへの案内書である。著者二人は予備校講師の顔をもつアイドルファンであり、塚田は文系的な、松田は理系的なアプローチからいくつかの切り口でアイドルについて論じる。例えば、塚田はメンバーの「卒業」と「脱退」との微妙な差異について論じている。卒業とは予期されるものであり、脱退とは戸惑いを伴うものだ。そして、そこから大胆にも各アイドルが持つ固有の「時間モデル」の差異にまで話を広げる。一方、松田はアイドルが「都市」をモチーフにする傾向があることに着目し、一般的な都市空間の分析をアイドルにどのように適用できるのかについて論じている。他にもさまざまな論点が散りばめられているが、本書は全169ページと実にコンパクトだ。それもこの本のもつ案内書という性質によるものだろう。あくまでも本書は0→1の発想と論じ方の形式に慣れるための本であり、内容の豊富さに主眼を置いているわけではないのだ。しかしそうまでしてきちんとした文章を書く必要はあるのだろうか?たしかに着眼だけならば知識がなくとも熱意のみで素朴に可能かもしれないが、そこから大風呂敷を広げ、さらにそれを畳むには、それ相応の学問的知識と作法が必要である。学問は思考を硬直化させるものではなく、突飛な話の飛躍をうまく促進する枠組みであることが、本書を読めば体感できるだろう。
(797文字)
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